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2004年の年金選挙で味をしめた彼らは、2匹目、3匹目のドジョウを求めて2007年、2009年と大勝。2005年郵政選挙の時も、年金でかなり追い上げてもいる。
そして、次期選挙でも年金選挙をねらったのが、一体改革「成案」から「素案」への変化。
しかしそれが、年金試算騒動を招いて、彼らの思惑とは少し違う方向に。

次の選挙の前に、野党が彼らの姑息な年金戦略を潰しておきたいと思うのはあたりまえ。しかし、国会では、ディベート力、スピーチ力の限りを尽くしてごまかしをはかっているのが今の状況。試算公開後も、あわよくば次回も年金選挙をと願っている面々による見事なディベート、スピーチを、君たちは、毎日、国会で眺めることができるよ。テレビでも眺めて、就活のために、ディベートやスピーチの練習でもすることだな。実に良いお手本だ。
なお、彼らのディベート力、スピーチ力にだまされそうになったら、昨年の春、なぜ、彼らは年金試算を封印したのかを考えることだ。さらに言えば、なぜ、2004年から8年近く、年金の具体像を示そうとしなかったのかもな。言っておくけど、野党だったから情報がなかったというのは大ウソ。そのあたりのところが分かれば、2008年、社会保障国民会議で僕が何をしようとしたのかも、少しは分かるかもしれない。もっともあの時は、試算に必要となる、彼らの年金制度の骨格情報を彼らが出さなかったから、民主党の年金改革案そのものの試算はできず、彼らは、国民会議で試算されたものは民主党の年金案とはまったく関係のないものだと言って逃げ切った――と言っても、民主党の年金案の問題点は国民会議の試算でほとんど示されている(「基礎年金の税方式化 大半の国民は損に 企業が専ら得をする」『週刊東洋経済』2008年6月7日号122-3頁)。 今朝の朝日新聞などでは民主党の鳩山幹事長が、民主党の最低保障年金と基本的な考え方が違う中での試算だ、民主党を批判するために試算したように思える、と言われているのですけど、そんなことは絶対ないということを私は言っておきます。彼らの年金改革案は、残念ながら試算できないんです。彼ら民主党からはちゃんとしたデータや前提などが出てきていないので、試算はできません。だから、彼らをつぶすことを意図したわけでもなく、民主党を批判することをやっているわけでもない。もし試算してもらいたいのでしたら、ちゃんと私たちの方で前提条件、これとこれを出していただければという形で要望書を出して、向こう側の試算をするというような作業をやってもいいと思っております。

2005年に、次のようなことを書いているね。

余談は続きます・・・ 先日も書きましたように、わたくしが今、年金に対して最も大切と考えていることは、次の選挙で、年金を政争の具とした政党が得票率を落とす政治環境をつくることです。
そのために、各省庁のマンパワーをフル活用して、各政党がマニフェストに描いた年金案に肉付けしてあげ、具体的年金案を作りあげる。次に、両院合同会議でそれら年金案の技術的・政治的実行可能性を、公開のもとで広く議論し、どの政党が、毛針で無知な有権者を釣るに似た卑怯な選挙戦略、すなわち実現可能性のない年金案で有権者を騙そうとしたのかを明らかにする。そこで明らかにされた情報を、ひろく有権者に届くように限りなく努め、これからもこの一連の作業を繰り返し行うという姿勢を、野党に知らしめる。そうすれば、次の選挙から、年金を政争の具とすることに、各政党は慎重になるはずですし、与党が勝手に野党の年金案を肉付けして、その実現可能性の低さを公開のもとに議論すれば、野党も、両院合同会議の外にいられなくなる効果も見込める。 面倒ですが、これは民主主義を運営するためのコストです。このコストを負担しておかないと、次の選挙で、野党が、また同じように年金で仕掛けてくる可能性は多分にあり、そこでなされる不毛な政争のなかで、年金への誤解や過剰な不信感が国民に植え付けられることのほうが、はるかに大きなコストを求めることになると思えます。年金が政争の具とされると、災難なのは国民。このことは分かっておいてください 。